「サン!おはよう。」


「サン兄おはよ〜」


「サン、朝ごはんうちで食べてくかい?」


火星の朝は早く活気に満ち溢れていた。
朝、といっても人口太陽が昇り始めてすぐであるから
実際は今が朝なのか夜なのか、季節はいつなのか知る者はいない。
元々地球と火星は大きさも自転の早さも違うのに対して
地球の時間と季節を計算され四季や一日の長さを調節されているのだから
実際の時間と季節は大きくずれているのには違いないのだが。


老若男女たくさんの人々に声をかけられている青年は
声をかけてきた全ての人物に笑顔で挨拶を返していく。


「おはよう」


「チィ、おはよ。」


「おはよう、アスさん。朝ごはんはもう食べたから。」


サンという名前は”太陽”という意味を持つ。
太陽は古から神や希望の象徴として崇められてきたが
地球で一度太陽の光を失ったため人々はさらに崇拝しその名を持つ者を好意的に迎えた。
まぁこうして老若男女から声をかけられるのは一重に彼の人徳の賜物なのだが。

「サ〜ン〜!!」

遠くから聞こえてきた声に今まで浮かべていた微笑みを
嘘のように崩し嫌なものをみるように後ろを振り返った。



「・・・翠(すい)。」


「サン!おとといぶり!寂しかったか?」


そういって後ろからサンの首を絞めるように
翠と呼ばれた金髪の青年が腕を回してきた。

「いででででっ!苦しいって!!」

ああ、ごめんごめん、なんて言いながら腕を緩めてきたけどこいつ絶対わざとだ。
でなければ毎回毎回命の危険を感じるくらいに首を絞めてくるはずないだろう。
げほげほと咳き込みながら「んで、今日は何の用だよ」と翠を睨めつけた。

「お前お得意様にそんな態度ないんじゃないのー?」

と翠は頬を膨らませてみせたが男がやっても全然可愛くねぇんだよ、こら。


「お得意様ってお前がいつもに鍵無くしてるだけだろ。」

サンの職業は所謂鍵師というものだ。
一見大して仕事がないように思えるがただ鍵といっても
一般家庭の玄関や錠前の鍵から企業の指紋認証システム、金庫の鍵にいたるまで仕事の幅は広い。
また鍵師は火星において”特殊業務”とされ難易度の高い国家資格が必要なため
火星の鍵師人口は少なく割と忙しい毎日を送っている。
そんな中いつも鍵を無くしてはサンの仕事を増やす厄介者、それが翠であった。


「冷たいな〜だからサンはもてないんだよ。もっと冗談ってものを・・・」

「用件ないなら俺行くわ。」


「ちょーっと待ったあ!今日は天才鍵師様にお願いが!!」


スタスタと歩きだしたサンに翠が大声で呼び止める。
ふぅ、と大きなため息をつき仕方なく「何?」と尋ねた。






「家の鍵を無くしました。」










2011.04.05.