「家の鍵を無くしました。」
そういった翠をサンは何事も無かったように置いて
歩き出した。慌てて翠も着いていく
「なーなー、だから仕事だって!おーい。サンー?」
かなり早歩きをしているつもりでも息ひとつ乱さずに後ろからついてくる翠。
翠と自分の足のリーチの差に苛立ちつつも
これ以上避けても無駄だと悟ったサンはお説教モードに入った。
「お前もう何回目だよ。」
「え、・・・1、2、3」
指を折りつつ数える翠にサンが詰め寄った。
「13回目!何度無くしたら気が済むんだよ。」
「まぁまぁ、そう怒りなさんなって。」
「誰のせいだよ!!」
「なんだよ。僕のせいみたいに言うなよ〜」
「お前のせいだろが!」
端から見れば今にも殴りかかりそうなサンの見幕も最初こそは止められたものの
現在はもう町の一部と化し、町の人々も温かい目で見守るばかりである。
誰かが「火星は今日も平和だなぁ。」と言っているのが聞こえた。
カチャカチャと金属音が廊下に微かに響いている。
速ければ10秒ほどで終わるそれに既に何十分も費やしてしまっている。
一般家庭用の鍵ならサンもここまで苦労しないのだが
さすがに最新の防犯キーとなると話は違うようだ。
一時間の奮闘の末、一際大きな音が鳴ると同時にサンの仕事は終了した。
「翠、終わったぞ。」
「63分42秒か・・・。思ったより速かったね。」
手に持ったストップウォッチを眺めながらにこにこと近づいてくる。
「お前次は指紋認証にしろよ。」
「嫌だよ。僕、鍵がないと安心できない。」
「だったら鍵無くすなよ。」
目の前にある憎たらしいほど整った顔を見据えそういうと翠はへらへらと笑った。
いつもそうやって一歩近づいたと思うと笑顔で誤魔化しながら逃げていく。
翠はそういう人間だ。
イマイチつかみ所がなくて、そんな彼に誰もが惹かれる。
月に一度はサンのもとへ鍵を開けてもらいに来るのだが
サンにみせるのは鍵だけで頑なに扉の中身はみせようとしない。
そしてまた一か月経つと難解な火星の最新キーに付け替えて
サンのもとに鍵を開けてもらいに来るのだ。
何度か指紋認証やスペアキーを勧めたのだが翠はあくまでアナログ式にこだわっているらしい。
先ほどのやりとりも最早意味はなく習慣のようなものだった。
初めの3月ほどは翠のその不可解な行動に警戒したものだが半年も経つと
今のような軽快な言い争いができる仲に発展してしまった。
「でもお前さぁー・・・」
いつもなら「鍵無くすなよ」と釘をさして終わるやりとりだが今日は違うようだ。
サンはさっきまでのふざけた表情を引き締め翠に向かって真面目な声色で問いかけた。
「毎月のように俺に鍵頼んでるけど、仕事何してんの?ふつうの仕事なら
毎月こんな滅多に見ないような高級キー付け替える余裕なんてないだろ。」
「へっ?あぁ、僕お金持ちだから。」
心配してくれてたんだーサンやさしーと笑う翠にサンが畳み掛けるようにいった。
「俺が聞いてるのは金銭の話じゃなくて仕事のことだよ。
お前が金を持ってるのは見た目でわかるがここじゃ、ただの金持ちなんて存在しない。
一年以上も付き合ってて職業がわからないなんてやつお前くらいしかいねぇよ。」
「なんで・・・」
「ん?」
「別に関係ないでしょ?」
そう言い放った翠の顔はひどく歪んでいた。
2011.04.16.