学校帰りに突然雨が降ってきた。
そういえば母ちゃんが「サトシ!今日は午後から雨やから傘もっていきや。」と言っていた気がする。
寝ぼけ半分で聞いていたサトシはもちろん傘なんて持ってきてはいなかった。


「うわ〜最悪や〜。」


少しでも濡れないように田んぼの横にある近道をサトシはランドセルを頭の上に持ち上げて全力で走っていた。
道の先に人が立っているのが見え思わず速度を落とす。
普段農家のおっちゃん以外ほとんど人は通らない道に赤い着物姿の少女がこの雨の中傘もささず突っ立っていた。
自分より年下だろう。 色々怪しいような気もしたが小さな女の子をこんなとこでほっとく訳にはいかない。

サトシは「こんなとこで何しとんの?びちょ濡れやん。ちょっときぃや。」といって少女の腕を掴んで歩き出した。
最初少女は戸惑っているようだったがサトシが自分が濡れるのも構わずに帽子を少女に被せると悪い人ではないと悟ったのか、サトシに掴まれた腕をそっと外し自分から手を握った。


サトシは少しキョロキョロとあたりを見回すとおもむろに森へと入っていった。
少し歩くと樹齢200年を超える大木のもとへついた。
この場所は今まで誰にも教えたことのないサトシの秘密基地だった。
大木は葉が生い茂っていて根元にいれば雨に濡れる心配はない。
本当は教えたくなかったけどあそこから一番近くて雨宿りのできる場所はここくらいしか思いつかなかったのだ。
根元にドカッと腰を下ろし胡座をかく。


「ここ、俺の秘密基地やねんけど、雨やむまでいてええよ。許したるわ。」と少女に向かってにかっと笑った。


「うん。ありがとう。」


「・・・」


「・・・なあ、」


勝手につれてきてしまったがいざ、何か話そうとすると言葉につまる。
学校では女の子と話すとすぐ周りの奴らから囃し立てられてよく考えてみたらまともに女の子と話すのは久しぶりだ。しかし無言に耐え切れなかったサトシはなんとか少女に話しかけた。


「なんで着物なんて着てんの?」


「おかしい?」


不思議そうな顔をして少女が聞いてきたが
赤い着物は色白で小柄な彼女に似合っていると思い「おかしないけど。」とぶっきらぼうに言った。
それが面と向かって女の子をほめたことなどないサトシの精一杯であった。

それからまた話すことが無くなってキョロキョロとまわりを見渡していた。
斜め後ろに座っている少女を盗み見ると彼女は枝を拾って絵を描いていた。

下を向いて何かを一生懸命に描いている少女。
相変わらず無表情だが白い肌に着物の赤と真っ黒な目と髪が映えていてとても綺麗だと思った。
知らず知らずのうちに見つめていると突然少女がこちらを向いた。
驚いて「あ。」と声をあげてしまって慌てて言葉を探す。


「あ、雨、やみそうにないなあ。」


「ほんまやねぇ。」


「なんで雨の中突っ立てたん?」


「お母ちゃんを待っていたの。」


「雨の中?ずっと?」


「お母さんにここで待っとき。って言われたから動いちゃあかん気ぃしてずーっとあそこで待ってたんやけど。案外簡単に違う場所に行けたんやなー。にぃちゃんのおかげやな。」と笑った。

初めて見た少女の笑顔に今まで感じたことのないようなむず痒いようなでも幸せな思いがサトシの胸にあふれるのを感じていた。なんだか照れくさい気持ちになってふいっと視線を逸らしながら


「ちょっと待っててな。傘とってくるから。絶対どっかいっちゃあかんで。」


といって突然走り出した。
泥がはねて靴がぐしょぐしょになるのも構わず田んぼのあぜ道を通り抜ける。
家につくと台所の方から「あんた、今日傘もってけって言ったのにまた忘れたやろ!」
と母ちゃんの怒鳴り声が聞こえたが「いってきまーす!」と傘をひったくるように 持って少女の元へと走り出した。あとで泥だらけの服と靴に母ちゃんの鉄拳が下るのは 容易に想像できたが今は少女のことで頭がいっぱいになっていた。
初めて守ってあげたいと、自分がしっかりしなくてはと思わせてくれた彼女に 風邪をひかせては男が廃るというものだ。
せっかくとってきた傘を差すこともせずがむしゃらに走る。
もう一度あの笑顔をみたい一心で。





秘密基地に戻るころには雨は止んでいた。
名前も知らない少女はどこにも見当たらなくなっていた。




お母ちゃんが迎えにきたんやろか。ここで待っときって言うたのに。


また会えるやろか。少しさみしい気もしたが心の中は落ち着いていた。
あの子が笑ってくれてるんならええんや。
なぜかわからないが彼女は今笑ってくれている気がした。
さっき彼女が座っていた場所には笑顔の女の子と自分らしき絵が描かれていた。





帰ってから母ちゃんに泥だらけの服のことや帽子を無くしたことを散々怒られたが
少女のことが気になって全く頭に入ってこなかった。

次の日から毎日のように雨だった。





永遠とも思われる憂鬱な梅雨が明けたころ田んぼを少し奥へ行ったところへ
お稲荷様の祀られた小さな祠が見つかったと近所でちょっとした騒ぎになった。
長い間人から忘れられた祠は風化が進んでいたが一体の帽子を被せられた
お稲荷様だけが凛と美しいままの姿で佇んでいたとかいないとか。








間、五月雨




日付2011.05.01.