微かに甘い香りがした。
彼は何も気づいていないのかどかどかと部屋に入り込んできて
いつものようにソファへと腰かける。
少し前から彼がそわそわしていたことには勘づいていた。
だけど決定的証拠がない。
私は何も知らないふりして笑顔で「ごはん食べる?」なんて彼に声をかけた。
「んー。」テレビを見ながら心此処にあらずといったように返事をする彼。
私はキッチンへ向かい夕食の準備をはじめた。
といっても事前に作ってあったカレーとサラダを皿に盛り付けるだけなのだが。
キッチンで用意していた袋から白い粉を取り出して
彼の方のライスにだけ粉をふりその上からカレーをかけた。
きっと今私は狂気的な表情をしているだろう。
でも私は彼を信じたかった。だから、最後の賭けにでるのだ。
テーブルに料理を用意し顔を一瞬にして笑顔に変えた私は彼に声をかけた。
「ねぇ、話があるの。」
「ん、何?」
ご飯の用意されたテーブルのほうに身体は向けているものの
彼の視線はまだテレビに向けられていて話をほとんど聞いていないことは一目瞭然だ。
「ねぇってば!!」
私がリモコンでテレビの電源を切ると彼はひどく嫌そうに
こちらに顔を向けて「なんだよ。」といった。
ああもう彼の気持ちは私にはないのかもしれないと思い
頭が現実逃避しそうになることのを堪えて私はゆっくり言葉を発した。
「あのさ、さっき、女物の香水の匂いがしたんだけど。」
「は、何それ。知らねえよ。電車で誰かのが移ったんじゃねぇ?」
あぁもう終わってしまった。と思った。
彼は嘘をつく時右の眉毛を少しあげる癖があるのだ。
「そっか。ならいいんだ。ご飯食べよう。」
私は泣きそうになるのを堪えてカレーを食べ始めた。
彼の皿は5分と経たずに空になった。
食べ終わった皿を持ってキッチンへ行くと彼が声をかけてきた
「なぁ、別れようか。」
半ば予想していた発言だったがそれでも私はびくりと肩を揺らした。
皿を流しに置き先ほどかけた白い粉を手に持って私は彼のもとへ行った。
「そうね。でも、あなたもう死ぬから。」
「は?何言ってんの。」
「今のカレー食べたでしょ。あなたのにだけ毒薬いれておいたの。
私の作るカレー香辛料きついから気付かなかったでしょ。」
と手に持った白い粉を目の前で振って見せるとみるみる彼の顔が青ざめていく。
「嘘、だろ。」
「嘘じゃないわ。あなたの浮気気付いてたの。」
「俺は浮気なんてしてない!」
そういう彼の眉毛は一ミリも動いてなかった。
目も見てもとても嘘をいっているようには思えない。
「じゃあなんで別れようなんて言ったのよ!!」
泣いて叫ぶと
「お前忘れたのかよ。今日エイプリルフールだぞ!」
と彼はいった。思考が停止する。
「でも・・・だって最近そっけなかったし。私不安で・・・。」
うつむいて言い訳をしていると彼は苦しそうに呻いて倒れこんだ。
私は慌てて彼へと駆け寄り肩を揺さぶった。
「え!?なんで!!毒薬いれたなんて嘘だよ。ココナッツをご飯の上にかけただけだよ?」
「ごめん、言ってなかったっけ。俺ココナッツアレルギーなんだ。」
「嘘!?ごめんなさい!私知らなくて。どうしよう。」
見ると彼は本当に苦しそうな表情をしている。
アレルギーも酷いと死に至る。私は頭が真っ白になって彼の肩へしがみついた。
「やだ、死なないで!!死んじゃやだよ!」
「大丈夫お前のせいじゃないから。愛してる。」
そういうと彼は私の肩を抱き寄せた。
彼が死んでしまうかもしれないという恐怖で私はボロボロと涙をこぼして
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返した。
「なーんてね。」
そういうと彼は口の右端を上げて意地悪く笑いそのまま私に口づけた。
頭が混乱している私は彼がなすままに唇を奪われている。
一分ほどして漸く唇を離してもらえたが
酸欠状態の頭にはまだはてなマークが浮かんでいた。
どういうことだろう。
「お前さっき聞いたことも忘れたのか?今日は何の日だ?」
「・・・エイプリルフール。」
「そ。だから別れようってのも嘘だし、ココナッツアレルギーってのも嘘だよ。わかったか?」
「本当に・・・死ぬかと思って心配したのにっ・・・」
私がしゃくりをあげて泣いていると
彼は鞄をゴソゴソと漁り丸い箱を取り出して私に渡した。
「はい、これやるから泣きやめ。」
そういって渡されたのは私が以前欲しいとごねたことがある
ブランドものの香水だった。玄関でしたものと同じ香りだ。
「これ買うために最近バイト増やしててさ、かまってやれなくてごめんな。」
私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「うっう、疑ってごめんなさい。・・・・大好き。」
私は泣きながら彼に抱きついた。
毒薬よりも甘い嘘。
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あとがき
初めての季節ネタです!
思いついて当日に書いたので色々苦しい文章になってしまいました。
ていうか彼氏鬼畜ですね。
きっとこの後自分のことは棚にあげて
彼女に嘘ついたお仕置きするんだろうな。
では、ハッピーエイプリルフール!笑
日付2011.04.01.