ファーストキスは涙の味がした。
俺は今まで誰かを好きになったことなんてなかった。だから告白をされたら付き合うけどセックスはしてもキスだけはしなかった。なんか俺乙女だなと思うけど、近寄ってくる女共のグロスを塗りたくってテカテカ媚びた唇をみるとどうも気持ち悪くてキスする気にはならなかっただけだ。やることはやるのにキスをしないことに不満を抱いた女は知らず知らずのうちに俺の元から去っていった。追いかけようなんて思ったことは一度もなかった。
そんな俺にも好きなやつができた。話してると楽しくて媚びることをしないでいつも真っ直ぐ生きてるあいつが眩しくていつの間にか惹かれていた。
あいつも俺が好きなんだろうとは薄々気づいていた。
けど俺は今の関係を崩したくなかった。正直自信がなかった。付き合って幻滅されるのが怖かったし、綺麗な彼女と汚い俺では不釣り合いだと思った。
卒業したら諦めがつくかな。彼女に呼び出されたのは、そんな風に考えていた時だった。
言われることは大体予想はついていたけど実際言われた時は涙が出るほど嬉しかった。と同時に俺はとても困惑していた。
俺は彼女を手に入れる前から彼女を失うことを恐れていた。一度手に入れてしまったら手放せなくなることはわかっていた。それなら最初から手に入らない方がいいのではないかと思った。
とっさに出た言葉が「付き合いたくない」という口から出任せだった。
彼女は一瞬息を呑んだように見えた。一呼吸して何故だか「キスして」と言ってきた。彼女の唇に俺の目は釘付けになった。
俺は彼女に謝った。付き合いたくないと言っておいて、好きな気持ちを押さえきれなかったことに。俺はつくづく自分に甘かった。目の前にある欲望に勝てず俺は彼女にキスをした。彼女の唇は少し震えていたけど想像通りの柔らかさに俺は歓喜した。そしてもう彼女を手放せないと思った。
唇を離した時、俺がみたのは予想外のものだった。彼女は静かに泣いていた。やっぱり汚い俺が嫌になったのだろうか。
彼女は綺麗に笑って「ありがとう」といって去っていった。
俺はその場から暫く動けなかった。ファーストキスは彼女の涙の味がした。
頭が真っ白ながらも俺はあることに気づいた。俺はまだ自分の気持ちを伝えてなかった。彼女が告白してくれたときは失う怖さばかり考えてたくせに、実際に彼女が目の前から消えてしまった今、思うことは誰かにとられる恐怖だった。彼女が幸せなら自分は身を引こうだなんて考えはこれっぽっちも浮かばなかった。
彼女に電話しても出なかった
明日同じ時間同じ場所でまってる
とだけ留守電にいれて俺は携帯の電源をきった。
彼女から拒絶の意志が伝えられるのが怖かった。俺はどこまでも臆病な男だった。
First Kiss
日付2011.03.04.